FC2ブログ

Home > スポンサー広告 > 小林彰太郎さんのこと

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Comments:-

hiroki URL 2013-11-02 (土) 19:28

小林彰太郎亡さんくなったのですね、こちらの記事でで知りました。(入院のため世間の情報知らずに)
10月28日、私は、前日夜よりERに搬送され、集中治療を受けていました。 同じ日だったのですね。

20年位前に、無謀にもジャガーXJ6 series1を自分でレストアしようと、2台をバラバラにし結局頓挫しましたが、その時の心の師匠が、小林彰太郎さんでした。

書物では『小林彰太郎の世界』の表紙が特に好きです。
宝物になりました。
しかし、一緒の写真うらやましい限りです。

パタパタ URL 2013-11-02 (土) 22:02

hirokiさん:
え、え!
大丈夫ですか? お大事に。

スマ URL 2013-11-04 (月) 14:29

大北から悲報の知らせを聞いたとき、ついに来るべき時が来たかと思った。
あとからわかったけど、前日はトヨタ博物館で高島さんとトークショーを
されていたようで、やすらかに逝かれたのかと思うとまだ救われました。
私が初めて買ったカーグラは1972年10月号のジャガーEタイプが表紙の号でした。
当時、小学6年生の私には理解できないところも多々あったけど、
能登の田舎に住む少年にとっては、文明開化の音が聞こえたような気がしたよ。
金沢へ行かないと買えなかったので、高校生になってから、
近所の本屋に定期購読するからと取り寄せてもらって愛読してました。

本当にありがとうございました。  さようなら

Comment Form

Trackback+Pingback:-

TrackBack URL for this entry
http://patapata2cv.blog118.fc2.com/tb.php/201-1058824d
Listed below are links to weblogs that reference
スポンサーサイト from パタパタ日記

Home > スポンサー広告 > 小林彰太郎さんのこと

Home > クルマ全般 > 小林彰太郎さんのこと

小林彰太郎さんのこと

先日、10月28日に‘カーグラフィック’を創刊した小林彰太郎さんが亡くなった。
とても悲しい。
僕が ‘カーグラ’ を読み出したのは1976年4月号 ー二台のフォードGT40が表紙の号ー から。
すぐに夢中になり、野毛や神保町の古本屋に通いバックナンバーを集めるようになった。

1962年、まだ日本の自動車が、欧米に較べ遙かに遅れていた時代、自動車版の‘暮らしの手帖’を目指し、メーカーにおもねることなく、厳正中立な立ち位置を標榜し創刊。
その後、高価な計測器械を導入し、谷田部のテストコースで定置試験も行い、データに裏打ちされた自動車評論を確立した。
メーカーからみれば、とても厳しいインプレッションも多々あった。
それでも、メーカー関係者にも彰太郎さんのファンは少なくなかったようだ。
それも、‘クルマに対する純粋な想い’が根底にあったからだと思う。

時代が違うといえばそれまでだけど、今現在、クルマやバイクの雑誌の‘新車’インプレッションを読んで、真に受ける読者はあんまりいないだろう。
ちょっこヒネた人だと、広告をチェックして、ふ~んと思うようだ。
まぁ、いろいろオトナの事情があるよなと。

今、雑誌に魅力が感じられないのは、あまりにもその辺が透けているからじゃないかしら。

彰太郎さんには、‘政治的な感じ’ とか ‘カネの匂い’ とかが全くなかった。
あんな人はいません。 あ~‘天才柳沢教授’がいるかな。
非常に口の悪いスマでさえ、尊敬していたぐらい。

‘品性’ は声高に言わなくても伝わるように思う。

昔のカーグラはクルマ関係の事だけではなく、海外の文化に触れる記事も多く、多感?! だった少年は大いに影響を受けました。
坂本正治さんや白井順二さんの‘自動車望見’はバイブルだった。

97_11.jpg
1997年11月 ツインリンク茂木にて ースマ撮影ー
お話しできて、うれしかった。

ウチの早く死んだオヤジと、少し雰囲気が似てたこともあり(オヤジも1929年生まれでクルマ好きだった)勝手に親近感をもっていた。

おつかれさまでした。
向こうで、ポール・フレールさんや中村良夫さん達とお会いになりましたか?

さようなら。そして、ありがとうございました。 
スポンサーサイト

Comments:3

hiroki URL 2013-11-02 (土) 19:28

小林彰太郎亡さんくなったのですね、こちらの記事でで知りました。(入院のため世間の情報知らずに)
10月28日、私は、前日夜よりERに搬送され、集中治療を受けていました。 同じ日だったのですね。

20年位前に、無謀にもジャガーXJ6 series1を自分でレストアしようと、2台をバラバラにし結局頓挫しましたが、その時の心の師匠が、小林彰太郎さんでした。

書物では『小林彰太郎の世界』の表紙が特に好きです。
宝物になりました。
しかし、一緒の写真うらやましい限りです。

パタパタ URL 2013-11-02 (土) 22:02

hirokiさん:
え、え!
大丈夫ですか? お大事に。

スマ URL 2013-11-04 (月) 14:29

大北から悲報の知らせを聞いたとき、ついに来るべき時が来たかと思った。
あとからわかったけど、前日はトヨタ博物館で高島さんとトークショーを
されていたようで、やすらかに逝かれたのかと思うとまだ救われました。
私が初めて買ったカーグラは1972年10月号のジャガーEタイプが表紙の号でした。
当時、小学6年生の私には理解できないところも多々あったけど、
能登の田舎に住む少年にとっては、文明開化の音が聞こえたような気がしたよ。
金沢へ行かないと買えなかったので、高校生になってから、
近所の本屋に定期購読するからと取り寄せてもらって愛読してました。

本当にありがとうございました。  さようなら

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://patapata2cv.blog118.fc2.com/tb.php/201-1058824d
Listed below are links to weblogs that reference
小林彰太郎さんのこと from パタパタ日記

Home > クルマ全般 > 小林彰太郎さんのこと

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。