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2013年11月

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小林彰太郎さんのこと

先日、10月28日に‘カーグラフィック’を創刊した小林彰太郎さんが亡くなった。
とても悲しい。
僕が ‘カーグラ’ を読み出したのは1976年4月号 ー二台のフォードGT40が表紙の号ー から。
すぐに夢中になり、野毛や神保町の古本屋に通いバックナンバーを集めるようになった。

1962年、まだ日本の自動車が、欧米に較べ遙かに遅れていた時代、自動車版の‘暮らしの手帖’を目指し、メーカーにおもねることなく、厳正中立な立ち位置を標榜し創刊。
その後、高価な計測器械を導入し、谷田部のテストコースで定置試験も行い、データに裏打ちされた自動車評論を確立した。
メーカーからみれば、とても厳しいインプレッションも多々あった。
それでも、メーカー関係者にも彰太郎さんのファンは少なくなかったようだ。
それも、‘クルマに対する純粋な想い’が根底にあったからだと思う。

時代が違うといえばそれまでだけど、今現在、クルマやバイクの雑誌の‘新車’インプレッションを読んで、真に受ける読者はあんまりいないだろう。
ちょっこヒネた人だと、広告をチェックして、ふ~んと思うようだ。
まぁ、いろいろオトナの事情があるよなと。

今、雑誌に魅力が感じられないのは、あまりにもその辺が透けているからじゃないかしら。

彰太郎さんには、‘政治的な感じ’ とか ‘カネの匂い’ とかが全くなかった。
あんな人はいません。 あ~‘天才柳沢教授’がいるかな。
非常に口の悪いスマでさえ、尊敬していたぐらい。

‘品性’ は声高に言わなくても伝わるように思う。

昔のカーグラはクルマ関係の事だけではなく、海外の文化に触れる記事も多く、多感?! だった少年は大いに影響を受けました。
坂本正治さんや白井順二さんの‘自動車望見’はバイブルだった。

97_11.jpg
1997年11月 ツインリンク茂木にて ースマ撮影ー
お話しできて、うれしかった。

ウチの早く死んだオヤジと、少し雰囲気が似てたこともあり(オヤジも1929年生まれでクルマ好きだった)勝手に親近感をもっていた。

おつかれさまでした。
向こうで、ポール・フレールさんや中村良夫さん達とお会いになりましたか?

さようなら。そして、ありがとうございました。 

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